6. 貧困という危機
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1. 貧困について
1998年に貧困と飢餓に関する研究でノーベル経済学賞
生活に必要な物資を購入できる最低限の収入を表す指標
貧困線以下で暮らす住民が多い社会では、経済発展は阻害されていると考えられる
低所得、栄養不良、不健康、教育の欠如など人間らしい生活から程遠い状態を指す
具体的にどのような指標で示すかは多様
国際連合開発計画が定義した、40歳未満死亡率と医療サービスや安全な水へのアクセス率、5歳未満の低体重児比率、成人非識字率などを組み合わせたものが代表的 2000年度の「人間開発報告書」では世界人口の約半数は1日2ドル未満で暮らしている 今日までまだ、この目標が実現されたとは聞いていない
地球上には豊かな国と貧しい国とが共存しており、豊かな国に貧困がないということにはならない
ある国や地域の中で、貧困という部類に分類されるかどうかを表す指標
日本での相対的貧困の定義「世帯の可処分所得を世帯人員の平方根で割って調整した所得(等価可処分所得)の中央値の半分に満たない世帯員」 2. 日本の貧困
北欧諸国並みに相対的貧困率が低い
1980年代後半から2000年にかけて急速に経済格差が広がっていった
社会の急速な変化→多くの人々が日本の貧困に気付かないうちに深刻な事態にまで立ち至ってしまった
そもそも日本の相対的貧困率が初めて公表されたのは2009年のこと
2012年度の統計では、日本の相対的貧困率は16.1%に登る
2014年の子どもの貧困率は16.3%(平成25年国民生活基礎調査)
一人親家庭だけに限ってこの数値を見ると、54.6%にまで達する
こうした貧困化の原因として考えられているもの
複数の原因が絡まっていることも少なくないだろう
東日本大震災による被災が原因で、仕事を失い、その結果貧困化した家庭も少なくないと思われる また、貧困層の増加があまりにも急激であったために、社会保障制度が上手く機能せず、いわゆるセーフティネットが他の先進諸国に比べて整っていないという背景
日本の子ども(1~12歳)は、その生活水準を表すと考えられる、子どもが持っていてもおかしくない物、8品目の所有が十分ではなく、2つ以上の品目が欠けている割合(子どもの剥奪率)が高いと評価された 8品目
子供の年齢と知識水準に適した本
自転車やローラースケートなどの屋外ゲーム用品
新品の衣服
修学旅行や学校行事の参加費
屋内ゲーム用品
宿題をするのに十分な広さと照明のある場所
インターネットへの接続
お誕生日やクリスマスなどのお祝い
日本の子ども全体の剥奪率が高いというよりは、貧困家庭の子どもに剥奪率の高さが集中しているのだろう
3. 貧困について水路付けモデル
3-1. 貧困が子どもに及ぼす影響
自分の意志や欲求を明確に持ち、それを他人の前で表現すること
自分の意志や欲求を抑制・制止しなければならないとき、これを抑制すること
自己調整能力が貧困によって十分発達できない→勉学意欲の喪失、アルコールや薬物への接近、犯罪に巻き込まれたり自らが罪を犯してしまう可能性の高まりへと、つながる危険性をはらんでいると考えられる
貧困とこれらのマイナス行動とが、直結した関係にあると結論付けてしまうのは早計かもしれない
偉人伝中の人物たちの中にも貧困家庭の出身者は少なくない
確かに低収入過程の子どもの認知と行動は、非貧困家庭の子どものそれと、しばしば明らかに違っていると指摘されている
とはいえ、その原因が貧困にあるという説明だけでは十分でない
近縁、自己調整能力がストレスレベルと緊密な関係があることが徐々にわかってきた 自己調整を支える神経基盤の発達は、子どもの初期経験、中でも特に初期の養育経験が大きく影響しているのではないか、さらには、それが繰り返されるのではないかという可能性が指摘されてきており、ブレアらもその点を強調している
脳内で最も糖質コルチコイドホルモンに対する感受性が高い部位
母ラットの個体差によって、仔ラットが受けるストレスの度合いは異なり、それが永続的な影響をもたらすと考えられる
糖質コルチコイド受容体の密度は、刺激に対する意志的で積極的な反応や、複雑な学習および記憶を司る脳領域の活動と強い関連性を持った神経内分泌レベルの調整にとって中心的役割を担っているもの つまり、貧困という環境ストレスが、子どもに直接影響するというよりは、貧困とそれに付随する様々な逆境によって親が被るストレスが、子どもに対する養育態度に影響し、その結果として子どもにも影響が及ぶと考えられる
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ブレアらの指摘でもう一つ重要な点として、自分がたまたま置かれた環境に適応しようとして獲得した行動特性が、別の環境下では、望ましくない特性だと周囲から判断されてしまう場合があるという点 貧困という環境に置かれた場合、ヒトはその環境に適した行動や心的状態の適応を行うと考えられる
望ましくない環境への適応は、心理学的にも生理学的にも、短期の「利点」を得るために、生体にとって長期に亘る「犠牲」を強いるものとなるかもしれない
この反応は安全でない環境下では有利に働く
しかし、こうした反応は他の方向への発達の可能性を制約し、健康と幸福にとって、短期及び長期の犠牲を伴うことになるだろう
青年期直前あるいは初期青年期にある子どもたちに関する縦断研究からは、社会経済的地位の高低によって彼らを区分した場合、低位にある子どもたちは、満足感の遅延の減少、学習された無力感の増加、心理学的苦悩の増加、ワーキングメモリ容量の減少など、貧困、ストレス生理学と自己調整との関連性が示されている(Evans & Schamberg, 2009) 生体にかかるストレスの増加が原因で、免疫系機能の変化が生じることも考えられる 日本は、貧困階層の発生からまださほどの時間が経過していないので、貧困のままに一生を過ごして高齢者になった人々の存在はさほど注目されていないが、近い将来、このような人々の健康の問題が、我々の社会に突きつけられる可能性がある
貧困によるストレスから養育者による虐待、ネグレクトなどの例外的にひどい扱いを経験した子どもたちに関する研究からは、彼等にHPA軸機能の変質があることが見いだされた この事の重要な点は、そのような反応傾向を身につけてしまうことによって、周囲の大人だけでなく、仲間たちからも攻撃されたり、排斥されたりしてしまうという事態に拡大されるかもしれないという点
反対にいじめられ経験のない側の双生児は、実験室内で人工的に作り出されたストレスのある課題に対してコルチゾール分泌の増加を示した
いじめられ経験を持った子は、長期に亘ってコルチゾールレベルを上昇させ続けておくことによる悪影響から脳を守るために、HPA軸の反応を鈍らせた訳だが、これは実際にストレスが有る時に、ストレスから身を守るためのコルチゾル反応が鈍ってしまうことで、健康上の犠牲を導くことになる
こうしたトレードオフは行動レベルにも現れ、他者の怒りや攻撃に慢性的にさらされることで、感情的に否定的な刺激に対して、子どもが高度に警戒的な注意と反応性とを示すようになる この行動的警戒レベルは、よく知らない教師や仲間たちから見れば、警戒心がいやに強い、付き合いの悪い子どもと解釈され、その子の社会関係を長く損なわせることになるだろう
特に虐待あるいは、貧困の中での養育環境では、より一般的に、HPA軸反応の変化、原因帰属スタイルの変形、環境手がかりに対する過剰な警戒心が、脅威に対してよりすばやい学習と反応をもたらしてしまう 3-2. 親への介入の試み
養育者である大人が、よい反応性、一貫性そして暖かさを高いレベルで維持できるように支援することで、子どもの自己調整にも連鎖的に影響が及ぶだろうと考えられる
貧困にあえぐ親の子育て支援を行うことで、親は貧困に関連した数多くのストレスフルな困難を乗り越えながらも子育ての質を良い方向に変えることができるということを示す研究がある
ただし、こうした介入の効果は必ずしも常に高いわけではなく、高いという報告も、低いという報告もあるのが現状
さらに、肉親の親でなく、子どもたちを里親に預け、その里親への介入プログラムを行うという試みもあるが、いずれの場合も、その効果は必ずしも十分とは言えない
その理由としては、親の介入プログラムへの参加度の違いに加え、子どもの側に、環境からの影響に敏感な子どもとそうでない子どもとがあるということも関係していると思われる
さらに、家庭以外の場所、例えば幼稚園などでも、特別な配慮を持った対応のできる環境が用意されれば、より望ましいのかもしれない
現実的な問題としてそうした特別な幼児のための施設や人員の確保を可能にする資金の獲得が、日本の現状では非常に困難だろうと予想される
先に例に上げた、貧困家庭出身の偉人たちについてみると、彼等は貧困から来るストレスに負けないほど優れた能力を持っていたことは間違いないが、それに加え、貧困の下でありながら養育者をはじめ周囲の大人達から暖かく、受容的な扱いを受けたために、本来持っている能力を十分に発揮できたのだろうと推測される